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メルカントと藤紫の魔女(原題「Art & Wizardry」)- 4
本テキストはAndroid向けゲームアプリ「Art & Wizardy」のテキストを
一部抜粋、加筆修正したものとなります。
とある静かな夕刻。
食器や食卓の豪華さからすれば、まさに何かの冗談かと思う程、実に質素な内容の夕食を口に運びつつ、ウィステ、エディ、そしてラッドはちょっとした歓談を交わしていた。
およそ7割がウィステ、3割がラッドの発言で、エディは大抵、その二者の会話に、ただただ適当な相槌を打っているだけだ。
二人の会話はまるで上流社会の人間が交わす知識と教養を問うような内容ばかりで、エディとしてはなんの興味も面白味も湧いてはこない。
しかし、認めるのは少々癪だが、ウィステの料理の腕前は確かで、この毎晩の夕食の時間はエディにとって、至福の時間と言っても良いものになっていた。
そうしてその晩、上機嫌の様子でウィステは言ったのだった。
「ラッド、あなたこの短期間の内に随分と魔術の腕を上げたわね。この分なら、そのうち私の使い魔として正式に契約してやってもいいかもしれないわ」
「ふん。妖精猫の魔術の腕前が云々などとは、まったくつまらん諧謔(かいぎゃく)だな。私がその気になれば、お前以上の魔力を発揮することも容易いのだぞ。お前たち人間がこうして『上げ膳据え膳』で我々、ケット・シーの生活の面倒を見るものだから、今しばし、その力の使い方を忘れているだけのこと」
言いながらラッドが卓上で食べているのは、熱を通し過ぎないように注意を払い柔らかく茹で上げた鶏肉だった。調味は一切していない。
「ふふん、それは楽しみなことね。だったら、敢えて私があなたたちを解呪する必要はないってことかしら。いずれ、あなたがご自分で、その呪いを解除できるようになるのでしょうから」
「・・・ふむ、私は構わんが、エディの意見は違うだろう。この調子だと、あと数十年は待ってもらう必要がありそうだからな、私が真の力を取り戻すのには」
思わずひきつるエディの表情。数十年後の自分を一瞬、想像してしまったからだ。エディの頭に人生設計などといった概念はない。今日、明日のことをしか考えない、そんな人間なのだ。ひとつき先のことすら遠い未来と感じ、明日の朝、自身の骸が路上にさらされることになる、そんな可能性を当然のことのように思う。刹那的な人間にとって、枯れた人生を歩むことを課せられるのは、それこそ即刻の死刑を言い渡されることより遥かに恐ろしい刑罰に思える。
「それって、それこそあなたが本気を出さなかった場合の数字でしょう?仮に真剣に魔術の修練に取り組んだとすれば、一年だって長過ぎるはずよ?まあ、ケット・シーに努力なんてものを期待するほど、私も愚かではないけれど、あなたにしては随分とやる気を出してる様子が感心だ、と言いたかっただけ」
またつまらぬ問答をしてしまったものだとでも言わんばかりに、ウィステは一旦、言葉を切ると、今度はエディへと向き直り、こう続けた。
「エディ、なんだか『ついで』みたいな言い方になって悪いけど、あなたについても私はそれなりに高く評価してるのよ。その『業足』の二つ名に相応しい身のこなし、私も認めないわけにはいかないでしょう。メルカントの名士を相手にこうして商売を手広く、しかも長く続けていると、単なる『商売敵』だけでなく、それはもう、どうにも処しがたい有象無象の『敵』が増えて仕方がないのよね。どうかしら?ギルドなんて通さず、私から直に『裏の仕事』を請ける気はあって?こうして魔女の屋敷に足を踏み入れる向こう見ずさからして、報酬はもちろん刺激的なあれやこれやも、それはもうイヤというほどたっぷりと味わってみたいんでしょう?」
もしかしたらこの魔女は、人の心を読み取る力までをも持っているのかもしれない。先行きへの漠然とした恐怖で消沈していたエディの意欲は、そんなウィステの提案でたちまち息を吹き返すのだった。
「おい、ウィステ、お前、そうやって結局、肝心なことを誤魔化そうとしているんじゃないだろうな?我々の呪いを早く解除してもらわないと何かと困るんだがな」
「ん?呪い?ああ、あらあら、そうだったわね。でも、ごめんなさいね。散々、持ち上げておいて悪いのだけど、その話はもうちょっと先のこと。あなたたちに片付けて欲しい画はまだまだあるのよ。まあ、この調子ならば、そう長くはかからないでしょう。もう少し頑張って、せいぜい私を楽させてちょうだいな」
「まったく、何が『頑張って』だ。お前、今、一瞬、本当に呪いのことを忘れていただろう。たった今、自分から話の引き合いに出しておいて。頼むから我々を解呪する前にボケてくれるなよ?」
鶏肉を平らげ、脇の皿に入れられた水を舐めながら、ラッドは白けたような視線をウィステに向けるのだった・・・。
「ウィステ、戻ったぞ!」
意気揚々と館へ戻ってきたエディとラッド。階上にいるはずの館の主に、ラッドが大声で呼びかける。最後の絵画の納品を終え、もうすっかり馴染みとなっていた商人の元から帰ってきたのだ。
「はいはい、ご苦労様。こっちも、ちょうど保管室の片付けが終わったところよ」
優雅な所作で階段をゆっくりと降りながら、ウィステが二人を迎える。
「さあ、解いてもらうぞ。全くもって常識はずれな、このお前の絶命の呪いをな。いくらエディと私との相性が良いとはいえ、流石にこれだけ長く共に居たのでは、叩くべき軽口も毎度、似たり寄ったりになっていかん。いや、ウィステ、お前についての悪口ならば、それこそ尽きることもないのだがな」
何やら勝ち誇ったような態度でラッド。対するウィステは、相変わらずの涼しい表情で・・・。
「ふふん、そんな減らず口、別になんとも思わないわよ?というか、まさか呪いのことを本気にしていたとでも言うつもり、ラッド?」
「は?」
間の抜けた声と表情でぴたりとラッドが静止し、エディもまったく同じ表情をして固まる。
「やあねえ、ラッドったら。私との付き合いも相当長いというのに、まるでわかっていないじゃない。あんなの冗談に決まってるじゃないの、冗談に。即死の魔法なんて、そもそもこんな街中で使ったら、そこら中の魔術師共に察知されちゃうわよ。呪いは呪いでも、距離が離れると双方が腹を下して、たちまちその場から動けなくなるって魔法よ。一度発動してしまえば失効するし、どう、今、試してみたら?呪いって、掛けるより解く方が何倍も面倒だし、正直、気が進まないのよね」
さ、最低だ、この女・・・。
俄(にわか)に沸々と沸き上がってくる怒りの念。
こんな馬鹿げた魔術で今まで自分達をもてあそび、隅で一人、ほくそえんでいたのかと思うと、流石に許せないものを感じるエディだった。
「な、なによ、二人してその目付きは。だっ、だいたい、悪いのはあなたたちの方じゃない。やり過ぎだ、なんて言わせないわよ!」
無言のまま、ウィステを睨みつづけるエディとラッド。沈黙に耐えかね、先に音を上げたのはウィステの方だった。
「ああ、もう、わかった、わかった!解呪すればいいんでしょ、解呪すれば。ちょっとしたお茶目ってやつじゃないの。まったく、こんな軽いユーモアもわからないなんて、ほんと、つまらない奴らね」
「何がユーモアだ!お前のそういうところが常識はずれだというのだ!そもそも、『お茶目』とか言える歳か!姑息な長寿薬など使って若見せしおって!ふん、なんならここにいるエディにお前の本当の年齢を教えてやってもいいのだぞ?」
「ちょっ、ちょっと、なにを言い出すの!というか、これって脅迫!?わ、わかったわよ。もう、つべこべ言わないから!」
いつになく動揺している。ウィステが優に百を超える齢なのはこのメルカントの皆が知るはずのことだ。そしてそのことをウィステが知らぬはずもない。それでこの狼狽ぶりとなると、ラッドの言うウィステの「本当の年齢」とやらは、皆が想像で把握しているものから、相当にかけ離れたものなのかもしれない。
「・・・って、いや、なんか、おかしいでしょ、この話の流れ!ラッド!あなた、もしもまた至らぬところで粗相をしたら、今度は一生、猫用トイレから出られないようにしてあげるわよ。いいわね、肝に命じておきなさいよ、肝に!」
ウィステの心理的弱点をしっかりと握り、巧みに優位な立場を築き上げていくラッドを横にエディは思った。
まったく、頼りになる相棒だぜ。にしても、ギルドの連中の話もまるで当てにならねえな。噂の魔女がこんなに笑える奴だったとはよ。
ウィステの館に忍び込んだ当初の目的も完全に忘れ、自分がギルドに代わる新たな拠点を得たのだとエディが気が付くのは、それからしばらくしてのことだった・・・。
- 完 -
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