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メルカントと藤紫の魔女(原題「Art & Wizardry」)- 2
本テキストはAndroid向けゲームアプリ「Art & Wizardy」のテキストを
一部抜粋、加筆修正したものとなります。
目覚めると、そこには何かの儀式、あるいは礼拝を行うためと思われる神秘的な空間が広がっていた。
先ほどの広間とは違い、随分と狭い。
空間を支配するのは、不思議な色彩を放つ岩石、そしてその正面に立つ例の魔女。自分の傍らには、先ほどまで魔女が捕まえていた黒猫が、エディ同様、たった今、目覚めたといった様子で、ひとつ大きなあくびをしているところだった。
「さて、お目覚めのようね」
静々と、魔女は一人と一匹に告げる。
「今からあなたたちは一心同体。自身の意思によるものか否かに関わらず、互いの体が直線上でその視界から外れるほどの距離にまで離れれば、双方、即座に絶命する呪いを掛けたわ。盗賊よ、これからはそのラッドと共にまっとうに暮らしなさい。ではさようなら、ラッド。達者にね。もう二度とお前の顔を見ることもないのかと思うと、少々、心が痛まぬこともないのだけれど、まあ、それもやむを得ないことよね」
呆気に取られるエディ。
絶命が云々と脅しを掛けておいて「達者にせよ」とは、一体、なんの洒落なのか、などとぼんやりと思う。
と、その傍らで、突如上がる抗議の声。
「おいっ、待て待て待てっ!なんなんだ、その短絡的かつ極端な仕打ちは!そんな生殺与奪の権利など、いつ誰がお前に授けたというんだ!これはなんとしても評議会に諮ってもらうからな!お前も知っているだろう。私はお向かいの大富豪、クレイグ老のお気に入りなんだぞ!」
猫が喋っている。
この女は、腹話術でも修めているのだろうか?いや、というか、なぜここで腹話術?俺にこんな小芝居を見せて、一体、その心は?・・・にしても、随分と低い声だな。
呆然としたまま、エディはそんなことを思った。
「うっ、そ、そういえばそうだったわね・・・。この館を格安で購入できたのも、クレイグ様のお力添えがあったからこそ。そ、それはちょっと困るわ・・・」
どこか演技臭い気がしないでもないが、先ほどの調子の良さを失い、魔女は何やら一人うろたえている。
「おい、お前もいつまでもそんな呆けた顔をしていないで、何か言ってやったらどうなんだ!は?猫が喋った、だと?阿呆かお前は!『ケット・シー』が喋るのは当たり前のことだろう!いや、そうじゃなくて、この女に言ってやることは何か無いのかと言っているんだ、馬鹿者!」
「ちょっと、ラッド。あなた煩いわよ!今、考えをまとめているところなんだから。・・・そうね、仕方がない。あなたたちの呪い、解いてあげても良いでしょう。ただし条件があるわ。あなたとラッド、二人で私の助手をしてちょうだい。今、ちょうど大口の除霊魔法の依頼を受けてて手が一杯なのよ。エディ、あなたは『封魔の絵画』なんて聞いたことないでしょうね。魔物たちの生き霊を封じた一種のアーティファクトで、私のような高位の魔術師ならこれはこれで色々と使い道もあるんだけど、美術工芸品として見るとまったくもって理解に苦しむような悪趣味な代物よ、率直に言って」
侮蔑の念を込めたような口ぶりではない。「共感し難い趣味だ」と、ただ純粋に彼女自身の私見を述べているようだった。
「お前の趣味も相当に奇特なものだよ」
ラッドのそんな聞こえよがしの呟きを無視して、ウィステは先を続ける。
「今回のクライアントはこの絵画の蒐集家なんだけど、どうやら自分の屋敷に飾り付けたいらしいのよ。それも、軽く百枚は超える数を!それは煩くてたまらないでしょうね。魔術で黙らせておかない限り、絵の中の魔物は鳴くは叫ぶは暴れるわで、とにかく騒々しいんだから。こんなものを飾っておこうだなんて、流石に上客とは言え正気を疑うところだわ。とは言え、必要経費含めきっちり全額、報酬は前払いで受け取ってあるの。さっさと片付けてしまいたいんだけど、除霊系の魔法は本当のところあまり得意な方ではないのよね。とにかく時間が掛かって面倒なものだから。というわけで、その作業の手助けをあなたたちに頼みたいわけ。わかってるでしょうけど、あなたたちには無報酬よ。代わりに呪いを解いてやる、ってこと。当面の寝食の面倒は見てあげる。どう、受ける気はあって?」
まるで軽い値引き交渉のような調子で言ってくれるが、こちらは命と引き換えの取り引きなのだ。エディとラッド、一人と一匹に断れるはずもない。
「では具体的な説明をするわね。まずあなたたちには、私の魔術で絵の中に入ってもらうわ。もちろん、『魂』だけ。その絵の中で魔術を使い魔物を調伏してほしいの。ラッドは『妖精猫』だから若干の魔力を持っているけど、魔術を行使する上で必要な『杖を振る』という行為ができない。だからエディ、それをあなたが代行するというわけ。当然、杖の方もあなたたちと一緒に私が絵の中に送っておくわ」
ここまで殆ど無言でいたエディだったが、その顔面に浮かんだ疑念の表情にウィステは何やら興を覚えたようだった。
「おや、何か言いたそうね。そういう私の杖はどこか、ですって?」
一瞬、大仰に目を見開いた後に肩を竦め、首を左右に振ってため息をひとつ。
「はっ!まったく、学のない『ごろつき』はこれだから!あなた、この私を誰と心得ておいでなのかしら?世に聞こえしが名はウィステリアのウィステ。メルカントが誇る麗しの魔女。魔道を極めし者がそんなものに頼ってどうするの。その辺のヘボ魔術師共と一緒にしないでちょうだいな」
なんだか他人って気がしねえな、このババア・・・。
滔々と口上を述べるウィステを前にエディは思った。外見に偽りあり。喋れば喋るほど、ボロが出てくる。顕示欲の塊で、見た目のしとやかさに反し、中身は随分と俗物めいている。いちいち慇懃な物言いには苛立ちを感じもするが、どこか親近感を覚えないでもない。
「一応、言っておくと、絵画の魔物側もあなたたちを攻撃してくるわ。ただ、命の危険はないから安心してちょうだい。攻撃を受けたとしても、せいぜいが若干の疲労を感じる程度。ただ、あまりに消耗すれば、昏倒、気を失うという結果になるでしょうね。まあ、それも若いあなたたちなら一晩も寝てれば、十分、回復するでしょう。あるいは、私が調合した気付けの薬湯を飲ませてあげても良いし・・・」
「うげっ、じょ、冗談はよせ!あんな、くそマズいもの、もう二度とごめんだぞ!あんなものを飲まされるなんて、それこそ不当な追加懲罰じゃないか!」
身を震わせ、声をおののかせてラッドが抗議の声を上げる。
「ちょっと、そんな人聞きの悪い言い方は止めてくれる?エディ、何を隠そう私は料理の腕前も一流なのよ。こいつの言うことなんか真に受けないで。大体、ラッド、あの時は、あなたが勝手に薬湯に口を付けたのが悪いんじゃないの。あれが毒薬でなかったことを幸いに思いなさいよね、まったく。え?お抱えの料理人は居ないのかって?ちょっと、それは一体どういう意味なのかしら。私の言うことが信用できないとでも?ん?執事や家政婦はどうしてるんだ、ですって?いないわよ、そんなの。だって給金を出すのが勿体ないじゃない。単純な家事、雑用なら、私の可愛いウッドゴーレムたちに任せていれば問題ないし」
「エディ、こいつは根っからの吝嗇(りんしょく)家なんだ。それでいて自分の住まいには惜しまず厭わず、あれこれと金を掛ける。変に性根の曲がった奴なのさ」
「ふん、だから何よ。ケチと言われようが、守銭奴と呼ばれようが、私は何も気にしないわ。さ、もう無駄話はここまでにして、いい加減、本題に戻るわよ。とりあえず調伏の簡単な魔物から任せてみて、それでうまくやれそうなら、順次、より強力な魔物が封じられた絵画も任せたいところね。静めてくれた魔物の強さに応じて私が点数を付けてあげる。そうして、その点数を累積して一種の通貨として扱い、その累積点数と引き換えに、私の持つ『杖』の一式から任意のものを都度、貸与してあげましょう。いい?勘違いしないでね。貸すだけよ?・・・でも、そうね、基本の杖、『ワン・オー・ワン』だけはくれてやっても良いわ。私が駆け出しのころに作ってみたものなんだけど、言ってしまえば失敗作なの。まあそれでも扱いやすさに関しては良く出来た一本だと思うし、今のあなたたちには相応しいと言えるでしょう。さて、それでは最初の一仕事、頑張ってもらいましょうか。あなたたちの手並み、楽しみにしているわよ」
ひとりで何やら盛り上がるウィステ。二転三転する自身の処遇に、もはやついて行けない、といった様子のエディ。
「やれやれ、こんな面倒くさい魔女の館に首を突っ込むとはお前も余程の物好きのようだな。いや、私も他人のことを言えた口でもないか。まあ、よろしく頼むぞ相棒」
横合いから声を掛けられ、エディはぼんやりとした表情でラッドの顔を見下ろす。その様子を見て、ラッドはなんとも器用に左目だけをパチリと瞬き、まるでニヤリと笑うかのように口の端を軽く曲げて見せるのだった・・・。
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